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外断熱の注文住宅を建てる建築会社2代目の頭の中

住み心地とか、住む人の健康とか、家族の安心安全とか、大きな資産とか、喜び感謝クレームとか、様々に満ちている業界で色々と考えています。地域のため、日本のため、世界のため、御施主様のため、社員さん職方さん業者さん大工さんのため、自分だけにしかできない事がどんどん増えていく毎日は刺激的です。

家づくりとテレビについて考えた

ビジネスの話題 IT活用

本気でテレビは見ないですね。

どちらかと言うとYoutubeニコニコ動画を見ている時間の方が長いです。

つまり、動画というコンテンツは見ているわけで、その配信方法がテレビではないというだけで、別に動画が嫌いというわけではないのです。

 

昨年末に築30年の木造賃貸の自室にDIY内窓を取り付けたところ、室内の温度環境が目に見えて向上して小さな幸せにホクホクです。

 

そんなささやかな私の幸せはさておき、今回はテレビについて考えてみました。

どうでもいい前振り

先日の休みの日、JR中央線東小金井駅近くのピーコックの2階にあるGEOでDVDをまとめ借りして来ました。
行きつけというほどは寄りませんが、たまに映像作品を見たくなる時に足を運びます。

小金井市の事務所から私が住んでいる6坪の木賃アパートを通過して東小金井駅までを自転車で15分程度で移動する途中には何軒ものスーパーとメディアショップがあります。

夜遅くまでやっているスーパーと本屋があれば、たいていの街で住む楽しみを見いだせるのは大事ですね。

テレビは大きなディスプレイです

実は私は随分と長い間テレビを所有していないので、基本的に映像作品を視聴するのはもっぱらパソコンです。モニターがそんなに大きくはないのですが、見るぶんには十分です。
そして、テレビを持っていないということは当たり前ですが、日常的にテレビを見ない生活をしているということです。

いつの頃からテレビを見なくなったかというと、最後に意識してドラマをテレビで見たのは20年以上前の反町隆史主演のGTOが最後です。
あとは必要なニュースを見るためくらいにしかテレビを見ないので、その頃から私の生活必需品にテレビは入っていません。

学生時代は25インチの大型テレビを持っていたのですが、モニターとしてしか使った記憶がありません。
一人暮らしの寂しさから音が欲しくてテレビを付けるということもありませんでした。

ところが自分だけじゃなかった

そんな変わり者はそう多くないだろうと思っていたのですが、意外と同年代や同属性にはテレビを見ないし持ってないという人がいるらしいということがわかってきました。

でもそれは単身者だし、別の情報収集の手段があるからだと思っていました。

ところが、最近facebook上でで家庭持ちの友人が「2017年はついにテレビを断捨離しました」「子供にも当分見せたくない」「だからワイドショー的な流行りには疎くなります」と宣言していたのを見てかなりビックリしました。

彼にとってはテレビとは情報収集に必要なものではなく、無駄な時間を消費する不要なものであり、子供に見せたくない有害なものであり、彼だけでなく奥さんも同意見だということです。

家の一等いい場所=テレビ という思い込み

私たちが設計する家のプランには必ずLDKに大型テレビが置けるスペースとそれを見るためのソファーセットを配置するのですが、それが当たり前ではなくなった時代が来ているということです。

そう考えて見ると、テレビは相変わらずリビングの一番良い場所に陣取っているのですが、テレビは必ずしも家族団欒の中心ではなくなってきているように感じます。

20世紀ではテレビは一家に一台で、みんなが揃って同じ番組を見ていました。お父さんがチャンネル権を握っていて子供達は見たくもない野球中継を見させられたり、兄弟でも見たい番組が違うと喧嘩になったりしました。

テレビゲームをやるにも、誰かがテレビを見ていたらできませんでしたので、家族間でテレビに関する取り決めがあったりもしましたし、テレビを使用する場合は家族に一言言うのも割りとよくあったことです。

時間の過ごし方の多様化

ところが、野球中継では視聴率が取れなくなり、BS、ケーブルテレビとチャンネルが多様化専門化し、テレビ自体はは一人一台所有できる家電へと変わりました。

ハードディスクレコーダーの廉価化でテレビ番組は気軽に録画して見られるようになり、インターネットとYouTubeの進化でいつでもどこでも映像を見られるようになり、見るための機器もテレビからワンセグスマホタブレット・パソコンへと一人が複数台所有するデバイスに変わりました。

晩御飯はみんな揃ってテレビは消して食べる、食べ終わったらテレビをつけてみんなで見る、雨で野球中継が休みの日は子供達が好きな番組を見ても良い、こういった風景は昭和時代のものになりました。

テレビの前とテレビの次

テレビが普及する前はラジオがその位置にありましたが、テレビの次は何をリビングの一等地に置けばいいのでしょう?
ドラえもんではテレビ電話兼情報端末がその位置にありましたが、現実のそれは一人一人の手の中にあります。テレビ機器自体も地デジ化により双方向性を備えたり、家庭内ネットワークの一部としての役割を与えられたりしつつありますが、必ずしもテレビでなくてはならないわけではありません。

黒柳建設のプランニングではリビングにテレビは当たり前のように配置していますが、テレビが家族団欒の必需品とは考えていません。

家族が個々の部屋に籠ってバラバラにならないよう、LDKは「なんとなく」居心地のいいスペースであることが家族団欒に繋がります。そのうちの要素の一つがテレビなだけで、テレビがあるからみんなが部屋から出てくるわけではありません。

本を読んだり、パソコンをいじったり、勉強したり、畳スペースでゴロゴロしたり、ペットと遊んだり、お互いに会話が多くなくても「なんとなく」家族がそこにいるのが居心地の良い空間が家の中心にあることが大事なのです。

テレビはオワコン

そうは言うものの、テレビが全く不要になったかというとそうではありません。

ワールドカップやオリンピックを家族で応援したり、地震などの大ニュースを見たり、大画面で映画を鑑賞したりと、テレビにはテレビにしかできないことがまだまだたくさんあります。

それはそう簡単には別のものに取って代わったりはしませんが、数あるものの中の一つになってきました。

家族団欒の必要十分条件ではなくなりましたが、普通に持っているのが当たり前の家電の一つです。

住まいに関するパラダイム・シフト

私は住宅建築の仕事に関わり始めて10年程度なのですが、すでにいくつかのパラダイム・シフトを経験しています。

キッチン・給湯器の熱源と発電機器による電気とガスのエネルギーチョイス。
電話、ケーブルテレビ、光ファイバー、無線LANなどの通信方式の多様化。
通信、電気、ガスなどの自由化による複雑なインフラ形態。
こういったことが普通に日々進化しています。



しばらくは今のままのプランニングが続くでしょうが、iPhoneのような革命的テバイスが出てきたらどうなるのでしょう。

今まで当たり前だったことが様変わりするのは、楽しみでもあり、ちょっとドキドキもしています。